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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)426号 判決 1975年12月22日

控訴人

松尾稲雄

被控訴人

右代表者

法務大臣

稲葉修

右指定代理人

小沢義彦

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金七〇八万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、さらに当審において、予備的請求として、金員支払部分前同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次のとおり附加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

一、<略>

二、(控訴人の従来の主位的請求についての補足)

控訴人が本件不動産の引渡命令を申請したのに対し、福岡地方裁判所は昭和三四年一二月一日これを却下する旨の決定をなしたが、その理由中に「被申請会社(訴外第一印刷株式会社)は上田元吉との間の転貸借契約に基づき占有使用中のものと解せられるとしても、右占有の取得は申請人の当該建物についての所有権取得後に為されたものであるから引渡命令は発し得ないものと言わねばならない。」とされ、競落人が不動産の所有権を取得した後に占有を取得した者については、競落人の責任において明渡を求むべきものである旨説示されていた。そこで、控訴人としては右のような説示のあつたことでもあり、かつ裁判官の名誉を傷つけないようにするためにはあくまで控訴人の責任で明渡しを求めなければならないものと思つていたので、第二回目の同一訴訟に及んだものである。このようないきさつから、控訴人が損害をうけたことを明確に認識したのは、第二回目の訴訟についての上告審の判決を受けた昭和四七年三月三一日である。

三、(控訴人の予備的請求の原因)

仮に主位的請求が認められないとしても、福岡地方裁判所の競売公告には本件建物には賃貸借関係なしとされていたのであるから、被控訴人は控訴人に対し右公告どおり賃貸借関係のない建物を引渡すべきであるが、それが不可能であるからそれに代わる損害の賠償を求める。その金額は主位的請求の金額と同額である。

四、(控訴人の予備的請求の原因に対する被控訴人の主張)

競売法による競売は債権者の担保権の内容を実現するため債権者の申立によつて開始される目的物の換価の手続であつて、換価の公平を担保するため国家機関たる裁判所によつて行なわれる公法上の処分であると解されている。したがつて、競売手続に違背したため、国が国家賠償法に基づく不法行為責任を負うことのあるのは格別、国(競売裁判所)が競落人に対し目的不動産の引渡義務を負う実定法上の根拠は存しない。よつて、控訴人の予備的請求は失当である。

理由

一控訴人の主位的請求について

控訴人がその主張のとおり原判決添付別紙目録記載の土地建物を競落しその代金を支払つて所有権を取得したこと、控訴人が右土地建物を競落したのはこれを自分で使用するためであること、控訴人主張のとおりその福岡地方裁判所の競売及び競落期日の公告には賃貸借関係なしと記載されていたが、実際には賃借権があり、控訴人の不動産引渡命令の申立は却下されたこと、そこで、控訴人はその主張のとおり訴外上田元吉及び第一印刷株式会社を相手方とする第一回目の前記建物の明渡請求の訴を提起し、第一、二審とも控訴人が敗訴し、これに対する控訴人の上告に対し昭和四三年四月二三日上告棄却の判決が言渡されたこと、その後、控訴人はその主張のとおり右上田元吉及び第一印刷株式会社を相手方とする第二回目の前記建物の明渡請求の訴を提起し、第一、二審とも敗訴し、これに対する控訴人の上告に対し昭和四七年三月三一日上告棄却の判決がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、まず、控訴人の被控訴人に対する、控訴人主張のような損害賠償請求権が発生したものと仮定して、被控訴人の消滅時効の抗弁について判断する。

控訴人は、訴外上田元吉及び同第一印刷株式会社を相手方として前記建物の明渡請求の訴を提起したが、第一、二審とも敗訴し、昭和四三年四月二三日上告棄却の判決が言渡されたことは前示のとおりであり、また成立に争いのない甲第七ないし第九号証によれば、右上告棄却の判決により前記上田元吉及び第一印刷株式会社が第一回目の訴訟の事実審の口頭弁論終結時において前記建物について控訴人に対抗しうる賃借権を有していたことが確定し、同判決が同年同月二七日控訴人の訴訟代理人に送達されたことが認められる。右事実によれば、控訴人は右同日頃前記建物につき自己に対抗しうる賃借権の存在していることを確定的に知り、したがつて、右賃借権が存在したことによる損害及び加害者を知つたものと推認され、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

もつとも、控訴人は第二回目の訴訟の上告審判決が言渡された昭和四七年三月三一日が消滅時効の起算日である旨主張するが、成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証によると、右訴訟は前記上田元吉らの賃借権の存在を前提にしたうえでその後の解除の意思表示の効力を争うものであるから右主張は失当である。

また、かりに控訴人が不動産式渡命令申請に対する福岡地方裁判所の決定の理由中の記載を、前記事実欄の従来の主位的請求についての補足の主張のとおりに理解していたとしても、前示のとおり控訴人は右決定をうけた後に訴外上田元吉及び同第一印刷株式会社を相手に本件建物の明渡しを求めて第一回目の訴を提起し、第一審から上告審まで敗訴し、上告棄却の判決の送達を受けて右上田元吉らの賃借権が自己に対抗しうるものであることを知つたと認められるから、右上告棄却の判決の送達をうけた時点で損害及び加害者を知つたとの前記認定を左右するものではない。

さらに、かりに控訴人がその主張のとおり裁判官の名誉を傷つけないよう配慮したものとしても、そのこと自体は時効期間の進行、時効の完成の妨げとなるものではない。

そうすると、控訴人は第一回目の訴訟について上告審判決の送達をうけた昭和四三年四月二七日頃前記損害及び加害者を知つたものであり、それから三年を経過した昭和四六年四月二七日頃前記損害賠償請求権の消滅時効が完成しているので、控訴人の主位的請求は理由がない。

二控訴人の予備的請求について

任意競売は、被控訴人主張のとおり、国の機関が目的物を換価する公法上の処分であると解されるところ、被控訴人である国が控訴人主張のような目的不動産の引渡義務を負う実定法上の根拠はない(競売法三二条二項によつて準用される民訴法六八七条の規定は、競落人は競落代金の全額を支払つた後にはじめて債務者(競落不動産が債務者の所有でないときは所有者)に対し、目的不動産の引渡しを求めることができる旨の規定であつて、もとより、国が目的不動産の引渡義務を負う旨の規定ではない)。

そうすると、控訴人の予備的請求は、その前提において既に失当であるから、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三以上の次第であつて、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は相当であるからこれを棄却すべく、また控訴人の当審における予備的請求も理由がないのでこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(生田謙二 右田堯雄 日浦人司)

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